いぶし銀ブログ ~準一流の贅沢な世界~

知る人ぞ知るモノを知っている人になりたい。一流セレブのような暮らしは出来ないけど、暮らしの質を高めたい。普通という不確かな基準のさらにワンランク上の確かな世界を発信。そんな凡人に捧ぐ凡人による凡人のためのブログ。27歳にして腎癌ステージ4と診断されましたがめげません。たかだか癌細胞の分際で俺をなめんな!!

「ブログで副業する時代の終わり」という記事でブログ駆け出しの僕はもう早速くじけ、、、、、、なーい!!

f:id:junnichi_zeitaku:20190414163154j:plain f:id:junnichi_zeitaku:20190414163414p:plainf:id:junnichi_zeitaku:20190414163807p:plain 

 

どうも、ブログ始めて一日経っただけの新進気鋭のブロガー準一です。

この度なぜブログを始めたのかといえば、それはもちろん 金稼ぐためじゃい、ぐへへへ、金かねカネKANEマネー!!

自分が持っている情報をなんらかの形で皆様に広く知っていただけたらどんなに素晴らしいことなのだろうか!

と思ったからです。

 

この考えはブログ開設のちょうど二日前くらいにふと思いついた程度の浅はかなものですが、行動しなければ何も生まれないので適当に調べて適当に試行錯誤して低クオリティでもなんとか記事を書けるようになりました。

 

 ※「まだこれまでの記事二つはSNSの延長線上の端っこ崖っぷちで飛び降りる寸前レベルじゃん!!」

 なんて意見は聞こえません読めません日本語ヨクワカラナーイ

 

ノストラダムスの大予言

 

そんなこんなでこれからのことを夢見て精一杯努力しようと心に決めた有望な青年に突如このような記事が襲い掛かってきたのです。

www.zaikei.co.jp

 

ブログ絶滅危惧の理由

 

この記事が

「これからはブログはやばいよやばいよがちで」

と仰っている理由として以下の三点が挙げられています。 

  1. Googleの検索アルゴリズムによる影響

  2. 「YMYL」の厳格化

  3. 5G実用化による影響

f:id:junnichi_zeitaku:20190414163807p:plain。。。。。。

 ほほぉ、なるほど。ブログ歴一日やそこらの僕の知識や経験では反論の余地なし。

「ぐぅの音も出ぇへんわぁ~、お先真っ暗や~、ブログから撤退や~」

 

 

 

 

 

 とはなりませんでした。

(記事をしっかり咀嚼できてないからそう思った可能性あり)

なぜブログ副業時代が終わると思えなかったのか僕なりにまとめてみようと思います。

無知ゆえに見苦しい拙文を披露してしまうかもしれませんが、何卒ご容赦いただきたく存じます。

 

 

 

  • Googleの検索アルゴリズムによる影響 

端的に言うと、

「ブログで儲けるには記事が検索に引っかかることが大事だけど、Google先生のプログラムが常に更新されるから、それに合わせてブログも最適化しないといけないからめんどくさいよ~、やめときなよ~」

ってことだと思います。

(端的って言ってもそもそもの記事が短くて原文と大差ない気が、、、)

 

まず前提として、コンテンツを最適化できないとブログに限らず製品でもサービスでもなんでもそうですけど十中八九淘汰されるだなんてそんなことは言われなくても義務教育を修了した人なら周知の事実です。

周りの環境の変化に適応できないものは生き残ることはできません。恐竜と同じです。昨今言及されている年功序列の日本的企業組織もそうです。昔は最適解だったものも、時代が進めばいずれ更新しなければならないなんてことは基本中の基本です。

もしその基本を無視して恒久的に頑なに同じようなコンテンツを維持していこうだなんて考えている人はGoogleの動きと関係なく成功しません。

 

よって、

今も昔もGoogleの検索アルゴリズムの影響によってブログがうんぬんかんぬんだなんてことは今更言及に値しないので、

ブログ時代の終わりとは関連付けられない

と僕は考えます。

 

 

 

  • 「YMYL」の厳格化

 要は、

「Googleは"お金"と"健康"について書かれてるページは、情報の信ぴょう性がないと胡散臭いからシカト気味にしちゃおっかな~って思ってるらしいよ~。だからこれからはテキトーに情報発信しちゃったらGoogleからフルシカト不可避!!」

 ってとこでしょうか。

(要はって言ってもそもそもの記事が短くて原文と大差ない気が、、、)

 

これも前述の変化に適応と根本は同じだなんて申し上げてしまっては元も子もなくなってしまうので自粛します。

自粛した結果、この点に関して何も綴ることがなくなってしまいましたが、

決して手抜きではございません。ご理解ください。

まぁそもそも「金」と「健康」といった現代人の生命活動そのものみたいなことに関するコンテンツをテキトーにしている垂れ流している方はむしろ積極的に淘汰してくださいって思ってしまうのが性悪な僕の本音です。

 

 

  •  5G実用化による影響

 つまり、

「5Gが普及すれば情報収集のアプローチが変わってブログなんて読み物媒体は時代遅れすぎてギャグかなんかになるんじゃね?ほら、最近Youtubeの勢いもやばいし、これからは動画が最先端でファッショナブル~、ブログはもはや化石。燃料にすらならねぇタイプの化石。」

って感じだと思います。。

(つまりって言ってもそもそもの記事が短くて原文と大差ない気が、、、)

 

これも前述の~、、、ってのは封印!!

真摯に考えて意見をひねり出してみます。

 

※ここから下は上手くまとめることができず、また主観的で偏狭な視野により読みづらい駄文が非常に長くなりますが辛抱強くお付き合いください。色付きの文字だけ読んでいただければ僕の言いたいことは大体伝わるはずです。

 

確かに動画というコンテンツの力は強いと思います。

例えば今では読書よりも映画鑑賞の方が娯楽として普及してるんじゃないでしょうか。

(映画と比較するなら絵画でしょなんて指摘は勘弁してください。そしたら本は何と比較すりゃいいんですか?電光掲示板ですか?それとも紙芝居かなんかですか?)

本は嫌いでも映画は好きという人は大勢いらっしゃると思いますが、

映画は嫌いでも本は好きという人はマイノリティでしょう。

少なくとも僕の場合はそんな人と会ったことありません。

このように時代が進み技術の進歩するにつれて、文字ないし静止画よりも情報の含有量が多い動画の方が気軽にリーチできるようになり、より身近になりました。

しかしここで問いたいのは、だからと言って実際本、つまり読み物コンテンツは衰退しているでしょうか?ということです。

活字離れが叫ばれている昨今ですし、読書率が年々低下しているのはまごうことなき事実です。

しかし活字はテクノロジーの進歩によって電子書籍という新しい媒体に暖簾分けして生き永らえることができ、未だに読書文化が死に絶える兆しは見えません。

 

 

この章長すぎるよ

なぜ読書が滅びないのかを理解するためには"文字"の本質である"情報伝達"という機能を無視することは不可能です。

古代文明の壁画然り、新元号の令和の出処となった万葉集も然り、手紙やメール、プログラミング言語に至るまでこれまで文字というものは人間の生活に密接に関わってきました。それは文字という記号は情報を四次元的に且つ具体的に伝達することが可能な唯一のツールだからです。

 

だいぶ横道に逸れてしまいましたが、文字の情報伝達の役割を踏まえた上で、そもそも能動的に情報を読み取っていくブログのような読み物コンテンツと、受動的に情報を浴びせられる動画コンテンツは全くの別物であるということも認識しなければなりません。

(ここでは動画コンテンツとはマスメディアのようなテレビではなく、もちろん個人が能動的に情報を選択しているYouTubeのことを指します。)

 

動画を選ぶ時は能動的ですが、いざ動画を視聴するとなると人間は受動的になります。

つまり集中しなくても何となく理解したつもりになれるのです。目の前の動画という静止画の連なりとそれに付随する音声は垂れ流され、ボーッとしていても何となく理解できるのです。

YouTubeを見ながら友人とおしゃべりしたりちょっと席を外したりしても大してコンテンツに対する充実度が変わることはありません。集中しなくても"動画視聴"という行為は完了してしまうのです。つまり受け取る情報密度が低くなり得るのです。

(個人差あり)

 

反して、読み物コンテンツは情報の選択もその先にある情報を理解するのも能動的でしかありません。

読んで情報を得るためには自らの意思で目線を動かして視覚のみで認識し、想像力を以て抽象的な概念も脳みそに落とし込まなくてはならないのです。動画視聴と比べてなんとも効率が悪いですが、その分自発的に集中しないと"読む" という行為は遂行できません

集中せずにただ何となく読み進めることもできますが、それはコンテンツに対する充実度に如実な悪影響をもたらし、その結果読み直ししたりします。つまり受け取る情報密度を高くできるのです。

(個人差あり)

 

 

この章早く終われよ

 更に能動的に情報を読み取ることができるということは、情報の取捨選択が思い通りにできるということにもなります。読み物コンテンツなら必要な情報だけを集中してインプットし、不必要な情報は読み飛ばしてシャットアウトすることが可能なのです。

動画では倍速再生やキャプチャ分けである程度は取捨選択できますが、読み物ほどは融通が利きません。

現代において限られた貴重な時間を有意義なものにするには、先端技術の詰まった動画コンテンツよりも、むしろ古来から存在する読み物コンテンツの方が適しているのではないでしょうか。

 

以上のことから、読み物コンテンツである

ブログは衰退するばかりかむしろ興隆するのではないでしょうか。

 

なんて言ったらさすがに暴論ですかね。

 

 

暴論ですね、はい。

 

 でもこの財経新聞の記事で指摘されたようなブログの衰退はないんじゃないでしょうかね。少なくとも動画に取って代わられることはないと思います。

それこそテレパシーとか以心伝心的な技術が確立されて普及したら話は別でしょうが、それはもう書きません。

 

 

そして疲弊

 

もう疲れました。

大学のレポートを連想させられました。

なんで5G実用化の件からこんなに文字数が増えてしまったのでしょうか。

疲れてぼーっとするので、最後の方の文章構造はガタガタなんじゃないでしょうか。

下書きを確認しても頭に入ってきません。

読み物コンテンツなのに受けとった情報密度がスッカスカです。

今回の記事の僕の主張と早速矛盾してしまいました。

読み手の脳のスペックに依存しますね。あたりまえだけど。

でもそんなこと知ったこっちゃないです。

この4000字以上のブログを書き終えるのに半日以上費やしました。

だってまだブラインドタッチもままならないし~、ブログの機能も熟知してないし~、〇✖△̻̻▢~、

 

はい、これからはもっと良質なコンテンツを配信できるように精進いたしますので、今日はまじ勘弁してください。ここまで付き合っていただき誠に心から深く感謝いたします。ですのでさようなら。

 

 

 

あ、今回の記事は非常に主観的で単次元の考え方なので、違う考えの方が必ずいらっしゃるでしょうから、異論がある方は是非とも意見をください。

ま、異論過ぎて不愉快なコメントは承認しないけど。

また、ブログの書き方についてなどもご指導いただけたらと思います。

 

 

 

 

これだけは言わせてください

 

最後に

 

 

ってか読み物コンテンツが衰退してしまうのであれば、どこかの新聞社さんも他人ごとじゃなくね????